人生感想文

10年も人生生きたんだからもういいでしょう!

人生感想文 2枚目

11月中に書き上げると言ったな?あれは嘘だ!!!!



久方ぶりです、田中の太郎です。



あけましておめでとうございます。



11月どころか2018年自体終わってました…なんてこったい。





さてはて、言い訳は置いといて、今回は中学校の事をかきこかきこします。




ぴっかぴかの中学1年生!!





簡潔に言うと、世間でいう「いじめ」へと発展しました!!


先に言っておきますが、いじめってやられてる本人はいじめだとわからないもんなんですよ。「それいじめやで!!」って言われた時に衝撃が走ったのを覚えてます。




人生感想文1枚目に書いた名誉毀損の野郎どもと、そのグルの人たちがねぇ…



挙句の果てに、当時の友達からも見て見ぬふり的な?



誰も助けてくれない?なら学校行かなければいいじゃん!!!!


田中太郎 特技レベル8 不登校を発動ッ!!




して、1学期で学校転校して2学期から別の中学校に転校したわけですが……



不登校は発動したまんまでした。2年生まで不登校でしたね。



学力もまともに追いついてないし(これは田中が悪い)、新しい学校の校則も知らないのに「何も知らないから」って感じで何でもかんでも田中が悪者扱いされるし、ていうか前の学校で同級生の恐ろしさを知って以来同い年の人に対してかなり苦手意識あったので苦痛でしょうがなかったです。




それでも友達はできたよ。2年半で4人できた。やったね田中!




でも、2年生に進級してから3年生卒業するまでが生き地獄でした。




親から包丁向けられたり制服の一部を引きちぎられたり、脅しをかけられたり壁に頭押し付けられたり踏んだり蹴ったり殴られたりが日常だったのですが、3年生になって今度は「それは虐待だよ」と教えられました。



田中「ええええええマジっすかΣ( ˙꒳​˙ )」



友達「うん。それは虐待や」





自分の意思で「学校に行かない」と言い続けていたので、暴力を受けるのは当たり前だと思って生きてきたわけです。


だって自分が悪いから。


自分が出来損なくて、クズだから当たり前じゃないですか?




2年生になってから「テストで全教科100点取らないとぶっ殺す」とか、とにかくテスト絡みで親からいろいろ言われてて



1教科でも高得点じゃなかったら案の定殺す勢いで投げ飛ばされたり殴り蹴られたりとか



勉強を親に見てもらってても、わからない問題が出てくると「なんでこんなのもわからないんだ」とぶちギレられて叩かれたりとか




そうやって生きてくると、全てにおいての「テスト」と「勉強」に対してすごいトラウマが生まれて



そうなると、もはや学校に行っても意味がない



そして不登校でも、週2くらいで学校に行って帰るのも怖くなってしまいました。



学校にいるのも、家にいるのも嫌になって、初めて「居場所がない」と実感しました。





同時に、抜毛癖が現れました。



抜毛癖、というよりもはや抜毛症と言った方がいいのですが…



文字通り、髪の毛を抜く癖ということです。



田中の場合は抜く+ちぎるのWの力で、しかも今現在も抜毛症治ってないのでアホ毛と枝毛酷いし、髪の長さが1本1本違うし。ついでにまつ毛もたまに抜いてたりします。



まぁこの抜毛症は親からも気持ち悪がられてますよ、今も。




この抜毛症、本当に治らなくて。



やめたくてもやめられない



だったら、指か手を潰せば良い!(・ω・)ゞ


ってことで学校の社会科見学で作ったハンマーで、自分で手首何十回も殴ったり



カミソリやハサミでわざと指とか手とかのいろんな場所を切ったり。



こうやって抜毛症を止めるための自傷行為をしても、結局止まらなかったです。




勉強出来ないし趣味も特技も資格も、なんも持ってないし抜毛症で気持ち悪がられるし手なんて不自然に傷だらけだし



ならもう死ぬしかないでしょう!!(確信)



ってことで袋かぶって寝たり、セーターの袖をうまく使って首吊りの縄にしたり、入浴中に溺死しようとしたり、包丁で自分を刺そうとしたり、線路に飛び込もうとしたり、赤信号渡ろうとしたり、いろんな高いところから飛び降りようとしたり、常温放置で破棄されてやばそうなマグロのお刺身食って食中毒みたいなので死のうとしたり、首切ろうとしたり、単純に首絞めたり、まぁいろんな自殺方法やりましたよ。



死ねるならなんでもよかったので。



まぁ結局死んでませんが。常温放置のマグロに関してはただ単に不味くも美味しくもなかったです。食中毒どころか腹痛も何も起きずに消化しました。なぜだ。



結局死ねず、自殺方法いろいろ考えて生き続けて、3年生に進級した日です。



ぶっちゃけ、中学3年生の年は波乱と黒歴史の集大成みたいな年でした。悪い意味だけじゃなく良い意味もあります。



中学3年生で、初めて担任が男性になったんです。




マジレスすると中1の前いた中学校の時も担任は男性だったのだけど、転校したからさ…



で、その前の学校の時と同じ組の番号(3年〇組の〇の番号のこと)になって、担任も男性、同じクラスの人も2人しかわからんって感じの状況。



なんだか中学校生活のリベンジを感じまして、「よっしゃ、心機一転やったりますか」


ってことで頑張ろうとしてくじけました!ありがとうございました!!!!









いやまだ終わらんぞ?



学力底辺の田中太郎が、中学3年生でリベンジやってうまく行くと思うか???



複雑な道は辿りましたが、卒業式は泣いてやったのでご安心くださればと思います!!!!




修学旅行はギスギスしましたけど、推しグッズ回収したりしてアニメ好きならではの満喫方しました。


体育大会は運動不足が原因と思われる足首の激痛はありましたが、なんとかやりきりました。

ぶっちゃけ体育大会はマジでやりたくなかったほんとに。クソザコナメクジレベルで足遅いし力がないワシが参加したらあかんって。

でもみんなが頑張ってて、なんか1位になったりしましたが、たぶんその1位に田中太郎の力は1mmも入ってません。



文化活動発表会は演劇やりたかったけど、不登校が出しゃばるのも違うと思ったし親に見られるって考えたら身の毛もよだつので諦めてただひたすらモザイクアートに命をかける勢いでガチってました。



卒業式は大号泣するクラスメイトに、なんの思い入れもない田中太郎、もらい泣きして涙腺大崩壊しました。




ってのがハイライトです。




体育大会時期に、テスト暴力沙汰の件を最初はワシは笑いながら話してたんですが、周りの反応が笑ってなくて、そこで初めて「虐待」だと言われました。



それからパニック障害みたいなのに数ヶ月悩まされました…。



今まで「私が出来損ないから仕方ないんだよ」って笑いながら話してたこと全て、「いじめ」と「虐待」って言われたわけです。



眠気を我慢してまで話したくて待ってるほど大好きだった親に、虐待されていたんです。



さっきも書きましたが、「いじめ」も「虐待」も、周りに言われないとわからないんです。



まさか自分が?



って思ってから、同い年の人だけでなく大人、それも家族に対して苦手意識を持ちました。



学校の先生や親から勉強どころか字を書いてるところ、何気ない生活を見られていることに恐怖を覚えました。



いつまた殴られるのかって考えて過呼吸起こして。



学校で大反抗期の生徒vs先生の争いを見てたりその空間にいるのも、今すぐ窓から飛び降りたくなるほどしんどかったです。



それから自傷行為も抜毛癖も自殺行為も馬鹿みたいにやりました。




でも結局死ねないんです。




死にたい、死ななきゃいけない、死んだら楽になれるって何度も何度も思ってきたのに、死ねないんです。




なんも持ってない。何も出来ない。勉強も出来ないバカでクズなのに、死ねないんです。




「死にたい」と思ってる裏に、「なんで私が死ななきゃいけない?」と思っていたからです。




私が死ぬんじゃなくて、周りが死ねばいいと思い始めました。




私の人生をこんなめちゃくちゃズッタズタのグッチャグチャにしたのは私じゃなくて周りの人間。



自分に向けてる包丁を、自分にかけてる紐を、相手に向けてしまえばいい。




まぁでもそうしたら完全に犯罪ですよね。




人殺しになりたくないので、結局自分が死ぬしかない。



でもなんで私だけがこうして死のうとしなきゃいけない?




矛盾の気持ちがずっと邪魔してくるわけです。





これが田中太郎の死ねなかった原因です。




他人に恨みを向けるようになったから。





クソ早朝に変な文章書いてんじゃねーよ!!!

って言われると思うので今回はこのくらいにします( ´◉ω◉` )σ




最近こたつ出してから、1日の14時間くらいこたつに入ってる田中太郎でした!!!







あ、そうそう。



この人生感想文、5枚くらいにしかならないと思うんですが…



人生感想文が5枚目に到達したら、もうやめようと思います!



そのために″人生″感想文書いてるわけなので。




ではまた~~(っ˘ω˘c )